2015/11/19

「メンタリング・インタビュー」 ダンクソフト「星野晃一郎」社長編 第二話

メンタリング・インタビュー

去る10月29日、北海道別海町にて実施させて頂いた「メンタリング・インタビュー ダンクソフト 星野晃一郎社長 編」の第二話です。前回から3回に渡り、そのインタビューの記録をレポートしています。

 

入社3年目にして前社長が急逝、会社を引き継ぐ。若干30歳の星野社長が人脈を築くべく門をたたいたニュービジネス協議会(現在の東京NBC)。

そこで出会ったのが、恐らく人生での最初のメンターであろう、水谷榮二氏(当時ワトソンワイアット社長。)彼が誘ってくれた勉強会で与えられたテーマは、「永く15%成長を続ける企業を作る。」

このことに本気で取り組んだという。これが、星野社長の後の経営改革、新「ダンクソフト」経営の柱となる。

水谷氏がこの勉強会で起こした「アクティブシニアプロジェクト」。元気なシニアが地方にコミュニティを作り自分たちの知見を若い人たちに伝承していく。水谷氏の急逝で途切れかけた流れが、ご縁がつながり、伊豆高原でダンクソフトの初代「サテライトオフィス」として形になる。後に、徳島県神山町で川に足を入れてパソコンを使う象徴的な絵を生み出したYさん。彼一人のために開設したようなサテライトオフィスである。しかしながら、これが星野さんにとっては、特別なことではなく、「そこで働きたい社員がいれば、そこにサテライトオフィスを作る。」という一貫した方針に、伏線のようにつながっていく。なんて寛容な社長なんだろう(もっというと、儲からないだろう)と、誰もが不思議に思うことを、全く気負いなくやってのける。

15%成長のための経営改革を進めると同時に、働き方に着目し始めたのが2006年。50歳の時である。遡ること1970年から見始めたサッカーのワールドカップを98年から現地に観戦、またテニスのグランドスラムも観戦制覇するほどのめり込んだことが大きな転機となる。ヨーロッパでは当たり前に3週間や1か月の休暇を取り、仕事を離れリラックスし、人生そのものを楽しむ。そういうヨーロッパの成熟社会を目の当たりにした星野さんが帰国後企業理念に掲げたのが「時間は人生のために®」(「Love your life, love your time®」)である。因みに、星野さんが「ワーク・ライフ・バランス」という言葉を知ったのは、ずっと後の2010年だという。

今でこそ、「ワーク・ライフ・バランス」や「働き方」というタイトルの記事を目にしない日はない。遡ること10年前に「たった一人のためのサテライトオフィス」を開いた星野さんの先見性たるや「動物的勘」ともいうべきだろうか?今の社会の流れが後からついてきたといってもいい。

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そういうフロンティアが「ことを進める」時には「何やってんの?」という周囲の無理解(というか無関心)、恐らく部下も理解していないということがあっただろうと思う。そこで、私の疑問に答えてくださったのが、先述の「強制しない」「やりたい人からやればいい」星野スタイルである。「これだ!」と膝を打ち、やっていることは極端だとしても、気負いが全くないのが、星野さんのキャラクターなのである。

(ゆえに、周囲から彼のリーダーシップは、限りなく「ゆるく」見えるのだ。)

そして、2011年の東日本大震災。星野さんにとっても我々にとっても大きなターニングポイントとなる。伊豆が現実的に機能しなかった。私たち企業の価値観も大きく揺さぶられる。大事な情報はどう管理すべきか、大惨事の際にお客様に安全にサービスを提供し続けるにはどうあるべきか、ITはどう活用されるべきなのか・・・言葉はともかくとして、伊豆にあった「サテライトオフィス」の概念が再び現実化するのが、徳島県神山町である。

人と人が出会い、引き寄せられるようにダンクソフトの実証実験の場が、神山に収束していく。その後の展開は、多くの方がご存知の通りだ。(サテライトオフィスは、徳島、高知、宇都宮と広がり、現在では山口県萩市で実証実験を終えたばかりである。)

「自分たちが作ったもの、実証実験をした経験値をノウハウにして売っていく。」情報化が進み、お客様との情報格差が縮まる中で、「儲かるんだろうか?」という周囲の心配?をしり目に、クラウド全盛のこの時代、「経験値を積むこと」、「ノウハウを提供する」ICT企業の役割の本質はそこにあると、星野さんは、確信を持っておられたのだろう。

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さて、星野さんが最近よく口にされる「荘子」について伺ってみた。

「不測に立ちて無有(むう)に遊ぶ。」何も予測せず、未来を憂えず、無心でいること。与えられたものを楽しむ。与えられた役割に身を委ねる。気負いのない星野さんが自然と与えられた役割に身を委ねていると、人が集まってきて流れができる。世の中がついてくる。 星野さんが予測(予感)されていなかったとも思えないのだが、流れや変化を意図して作ろうとした人は今はいなくなり、流れに身を任せていた人が残っているようにも見える。

「自分を捨てた時に、自分が主体的になれる。」なかなか難しいが、役割とは、そうしてしかるべき人に天から降りてくるのかもしれない。(それを天職といってもいいのかもしれない。)

 

では、意図せずとも流れの中心にいるような星野さんや、ダンクソフトさん。「ダンクソフトの未来」は? そして、どんな「人財」を育てたいのだろうか?

星野さん曰く「遊ぶように仕事をする。」「楽しめる人、遊べる人が増えないとクリエイティブなことが生まれない。」コンピュータでできることは、どんどん増えていき、人間がやってきた事務処理仕事は早晩置き換わる。

では、「もうコンピューターエンジニアには、行き場がないんでしょうか?」そう訊くと、「だから地方なんですよ。」と星野さん。

ある意味で、都会ではやり切ってしまっている。「東京にいると、課題が見えない。」これが星野さんを突き動かすのだろう。そして、「そこに働きたい人がいれば、そこでサテライトオフィスを作る」ことにも納得感が生まれる。そういえば、「地方創生」にこんなに声がかかる、東京生まれの都会人も珍しい。

・・・to be continued. (第三話につづく)

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