2017/10/15

「立命館大学校友会 『東日本大震災復興支援事業 東北応援ツアー・岩手コース』」に参加しました! ~その2~

立命館・立命館大学校友会

この、9月9日10日の週末、「2017年立命館大学校友会東日本大震災復興支援事業東北応援ツアー 岩手コース」に参加させて頂きました。 そのレポートを前編に続けて、書き記しておきたいと思います。

3.人の心のケアには、終わりがない。

このツアーには、宮城県や福島県校友会からも参加されていました。福島県校友会から参加され、南相馬市で被災されたMさんがおっしゃっていました。「僕は、マリンスポーツが大好きだったんですよ。でも、今は海が嫌いなんです。未だに、海が好きって言えないんです。」

 

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この美しい海を前にして、彼の想いは私たちの想像をはるかに超えたものがあり、言葉がありませんでした。

大人でさえ、そうなのです。特に、福島から離れた他県に避難している子供たちへのいじめの惨状もお聞きしました(Mさんは元教員)。そういう子供たちや子供を気遣う大人たちがどうその心を再興していくのか、そのために周囲からの彼らの心のケアには、終わりがないはずだと思いました。

4.防災・減災は、地域によって、街によって、浜によってみんな違う。それでもその街に、故郷に住み続ける。

基本的に海抜5メートル以上のところに多数の民家があった大船渡市と、海抜0メートルのところに民家があった陸前高田市。大船渡での犠牲者は370名、陸前高田では1556名が津波の犠牲者となりました。また、大船渡市の市庁舎は、高台にあったため市庁舎も人の被害も少なかったそうです。震災当時様々な情報が流れ、錯綜し、私たちはよく整理ができなかったのを覚えています。ただ、その中でも、学校の先生が子供たちを帰さなかった大船渡では、子供たちの犠牲が少なかったというのは、記憶に残っています。(自宅に戻った一人の子供が犠牲になったそうです。)

単純に比較をするという問題ではありませんが、それでも、過去の教訓をどれだけ活かせたか、皆さんのメッセージは、自分たちの教訓を次に活かしてほしい、多くがそうおっしゃっていました。

また、経験談を話してくださった田老地区のKさん。田老地区は、明治29年の明治三陸津波で2248人中83%の1867名を失い、昭和三陸津波(昭和8年)では、2773名中32%の911名、そして東日本大震災で4434名中181名の方が犠牲になりました。

今は巨大な防潮堤のある町として知られています。亡くなられたご親戚の方のお話しをしてくださいましたが、ご本人も含めて「なぜ何度も津波の来る田老に住み続けるのか」問われるそうです。でも、どこに住むかと問われたら、それでもこの街に住み続ける。自分の故郷は、身体の一部であるという言葉が、胸に刺さりました。

5.語り継ぐことの大切さと、想像し、備えることの大切さ。

ツアーの中で、復旧された「三陸鉄道」の「震災学習列車」に乗せて頂きました。北リアス線の「田野畑」駅から「久慈」駅まで、美しいリアス式海岸の景色を観ながらも、震災の爪痕の所々で停車し、その被害や復興の様子の説明を受けるというものです。
「二橋さん」という素晴らしく明るいガイドさんから、まず言われたのは、「同情はいらない。教訓にしてほしい。」ということでした。本当に息を呑むような美しい光景の中、ここまで津波が来た、この防潮堤が決壊した、このあたりは民家が波にさらわれ、もはや公園にしかならない・・という場所をいくつも教えて頂きました。

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そして、トンネルの中に入ったとき、明かりが消されました。急に真っ暗になりました。二橋さんが実演してくださったのは、「瓦礫に埋もれ下敷きになった」想定です。瓦礫の中真っ暗で身動きが取れない中、私たちは助けを求めなければなりません。その時、響き渡る笛を鳴らし、これを持っていたら、「助けられた命がいくつあったことか・・。」と、話をしてくださいました。

自分の身が瓦礫の下に埋もれるなんて、だれが普段から想像し、備えられるでしょうか。「防災・減災」、「備える」とは、そういうことなのだと、身をもって教えられた気がして、その「笛」を買い求めることを決めました。

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立命館の学生が作成した、宮古市の港近くにある、産直売り場の建物。

 

最後に、この旅で、印象に残った言葉をひとつ、ご紹介します。この地域に昔から伝わる「津波てんでんこ」という言葉です。1.で先述したように、「津波が来たら、自分の命しか守れない。」ということを身をもって知るこの地の方々は、「てんでんばらばらでよいので、自分ひとりで逃げなさい」という教えとして、伝えている言葉だそうです。のちに、その言葉には、もう一つの意味があることを知りました。「津波で、人の命が救えなかったとしても、それは仕方がない。てんでんこでいいのだよ」という、悔しさや虚しさを慰める意味があるのだそうです。それだけ、津波の被害というのは甚大で、守り切れないものがある、そういう思いを何度も繰り返してきた人々の、救いを求めた優しくも悲しい言葉だと思いました。

このように、実際に被災され、家族や親せき、ご友人や教え子、そして家財に甚大な被害を受け、まさに今も復興に立ち向かわれている方々の貴重な体験談をお聞きすることができました。その地に行ってみなければわからない、感じることのできない現状を目で観るという本当に貴重な機会をいただきました。

自分にできることを、今一度、考えたいと思います。

皆さんが口々に言われていたように、まず、「伝える。家族と共有する。」「防災・減災意識と知識を持つ。」「東北に足を運ぶ。」を実践したいと思います。また、二橋さんがおっしゃっていた、自分や家族の、防災・減災のための行動指針「自助・互助・共助・公助」を整理したいとも思いました。最後になりますが、本ツアーを企画運営してくださった、立命館大学社会連携部校友父母課、校友の特別委員のIさんやOさん、そして岩手県校友会、宮城県、福島県の校友会の皆様に、心よりお礼を申し上げます。

最後に、岩手県校友会のK会長以下皆さんには、大変温かいおもてなしを頂き、校友というネットワークのありがたさも再認識いたしました。本当に、ありがとうございました。

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岩手県校友会の皆さんと。

 

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